渋谷に出たので、そのまま副都心線に乗り換えた。新しい通路から改札へ。床もエスカレータもホームも新築の匂いがする。ホームと線路の間に仕切りとドアがある。香港の地下鉄もそうだったなと思い出す。でも座席は日本の方が良い。少なくともクッションがある。
新宿三丁目で降りる。掲示に従って歩いたら、かえって遠回りになって伊勢丹に着いた。広いデパ地下。どこに何があるか、すぐに忘れてしまう。試食の生ハムをいただく。薄い一片の中に深い味が凝縮されている。美味とは存在するのだ、本当に。でもそれを味わう事なく一生を終えてしまうのだ、大半の人は。私だってそうだ。私の味わう事のない美味が世界中に無数とあるのだろう。
アンリ・ルルーが常設となって、うれしい。ヨックモックも頑張っている。袋にヨックモックの文字が印刷してあると、何だかアンリ爺さんの味が安っぽく思えてしまうが、仕方ない事か。こういうお菓子は味の大半は夢だから、イメージ優先で会社の名前は隠した方が良いと思うけれど。ノイハウスは風月堂だと思ったが、あそこはあくまでも「ノイハウス」で押し通してイメージを損なわないようにしている。それぞれに会社なりの大人の事情(万能な言葉だね)があるのだろう。
お客がいるのに、会社のエライ人らしき人が店員にエラそうに何か言っていた。こういう舞台裏も見せるべきではないよね。それも磨いたショーケースに手をついて。イメージが売り物の商品を扱っているのだから、店員に何か言う前に、自分の態度が売り上げを落とす事に繋がりかねないと気がつくべきでは。上と現場って、どの職業でもそんなものかも知れないね。事件と同じで売り上げも現場で・・・という。
生キャラメルは保冷材を入れてもらう。それでも長くはもたない。
一番買いやすいのはナオキの生キャラメルだけれど、あそこのは紙からはがれにくく、いつも手がべたべたになってしまう。これはそんな事はない。やわらかい中にも何か工夫があるのだろう。
アンリ・ルルーさんが来日した時、ちょうどイベントで出会い、頼みもしないのに気軽にサインまでしてくれた。「今まで食べた中で一番美味しい」とフランス語の出来る人に言ってもらうと、一瞬うれしそうな顔をしてすぐに無愛想な顔に戻り「当たり前だ、私はアンリ・ルルーだ」と言った。フランス人の職人らしい矜持だ。ますます好きになった。
帰りの副都心線の中で、アンリ・ルルーのキャラメルを一粒、こっそり口にいれた。塩の味が甘さを引き立てる。ミルクの味のするお子様キャラメルではない。大人の上等の楽しみの為のキャラメルなのだ。こういう楽しみがある国はいいな・・・それを移植してしまう日本も凄いのかも知れないが。美食の国だと言われる国で、あまり美味にめぐり合えなかったのを思い出す。不味い国では不味いものが多かったけれど。
まとまりのないままに、思いついた事を・・・・
人の頭の中は、いつも沢山の事が浮かんでは消えるから。文字に全部は出来ないけれど、それでも書けるだけ、書いてみた・・ささやかな実験、キャラメルの中の一粒の塩位にささやかな。

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