美味しんぼ(102)
遂に雄山・山岡父子の和解がなった。
まだまだ山岡はあまりにも未熟という印象で終わる。それでないと今後の究極と至高の対決も面白くない。父を乗り越える事が息子の宿命であるなら、それを成し遂げるまで、二人の争いは続くのだ。
だがそれは、憎しみからではない。
和解といっても第一歩だろう。山岡も完全に納得したわけではない。波風がこれからも立つだろう。山岡が大きくなる事がこれからの課題だろうが、偉大な父に対して、若い頃の二木の老人を感服させた器を感じさせなくなった山岡に、勝ち目はあるのだろうか。
新聞社のグータラ社員ぶりは相変わらずだし、家庭にスポイルされた山岡に、芸術家として厳しく己を見詰めて来た雄山を超える可能性を見出すのは困難だ。酒乱のダメダメ上司をかばう温情のぬるい世界であるから、山岡が雄山と同じ過酷さの中に自分から身を投じる事はありえない。
もしもすべてを捨てて美食を追及するなら、それはそれで面白いが、そうなると話の根底が変わってしまうだろう。家庭だの、団欒だのが優先されて、山岡が受けた「親に強制され人生を歪められた」という部分も、すべて「親がすべて正しい」にすり替えられているのだから。
料理は珍しいものは多いが、家庭でキャビアや外国素材を使う気にはなれない。家族で一緒に作るといっても、子供に「えー」と言われて終わりそうだ。最近の子供はスケジュールが多忙過ぎるので、余計な事は徹底して排除したがる。それを矯正する為の行為は強制としか受け取られない。それが悲しい現実なのだ。
昔の様に、料理紹介の面白味はなくなったが(これだけ続けていればネタ切れも仕方ない)、社会に問い続ける漫画ではあって欲しい。かつて漫画の神様は「漫画とは風刺」だとおっしゃったのだから。
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