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2008年5月 1日 (木)

焼夷弾が・・・

北村和夫追善公演「朗読劇・女の一生」を観た。


昨年亡くなった北村氏は文学座の代表的な俳優であり、故・杉村春子主演「女の一生」の栄二役を持ち役としていたのは有名だが、今回の公演は文学座のものではなく、北村氏の主宰していた勉強会”北村塾”の手になるものだった。


両国のシアターX(カイ)は、最大300席のこじんまりした劇場で、生身の人間のすなる劇を観るには丁度良い感じの良い空間であった。朗読劇というだけに、最低限の舞台装置と後は演ずる個人の技量にかかってくる。生半な役者ではつまらなくなる。

舞台の上には、正方形の箱が幾つかあるだけ。
それが椅子にもなり、積み上げて石灯籠にもなる。


主演の淡島千景、白石奈緒美以下、ベテランが多く良い舞台になっていた。文学座関係の俳優も多いので、明晰なセリフと戦前の日本の良き言葉の響きが心地良かった。堤家の屋敷の室内、少し薄暗い廊下、金糸の褪せた布張りの肘掛に詰め物をした安楽椅子、独逸製のピアノ、チューリップを逆さにしたような硝子の傘の灯、西洋料理の匂い・・・そんなものが、ないのにあるような気がしていた。(それは私の記憶の中の産物であるのだろうが)


観客の年齢層は高かった。往年の「女の一生」の舞台を何度も観たという人も多かった様だ。白髪をきっちりと結い上げ、着物を見事に着こなした(普段から着ていないとああは身に付かない)老婦人が、身内に恭しく手を引かれて来たり、人品骨柄卑しからぬといった風の紳士淑女、きっと末期に月夜でカドリールを踊る粋を解るであろう人々が多かった。


舞台が始まった途端、アクシデントは起きた。後方の席が騒がしくなった。一人の老人が脳溢血か何かで倒れたらしく、係員が駆けつけ、運ばれていった。昭和二十年三月、あの戦争の末期に、空襲警報で何度も中断されながらも最後までやり遂げたという、伝説の初演を彷彿とさせる出来事であった。


勿論、騒ぎの最中も舞台は続いていた。


そして・・・第五幕、戦争の激しさの中、夫の伸太郎がけいの手を握って事切れる場面、空襲警報と空爆の音声が流された時、再びアクシデントは起きた。


突然、先程見かけた老婦人が「焼夷弾が・・」と叫んだ。それから何やら話し始め、傍らの人になだめられていた。空爆の音が、老婦人の記憶をいたく刺激したのだろう。その場所には、様々な「女の一生」が繰り広げられていた。誰もが”けい”の一部を身の内に持ち合わせていた。そういう人々であるからこそ、いっそうこの名作に涙誘われたのだと思う(それは安手のお涙頂戴の涙ではない)。


やはり、舞台を観るのは面白い。
そして人生という舞台に、もう少し居ても良いと思うのは、こういう時なのだ。



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