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2008年2月

2008年2月29日 (金)

トルーマン・カポーティ(上)(下)

天才作家の栄光と悲劇・・・そう簡単に要約して良い人生なら、トルーマンは幸福であったと思う。そんな単純な人生を送る人間など、誰一人としていない。


この本は、オーラル・バイオグラフイという手法が取られている。彼を良く知る(或いは一面のみを知る)人々の証言の羅列の中に、だまし絵の如く彼の人物像が浮かびあがって来る仕組みになっている。


人々の話には、食い違いがある。記憶違いや思い込みのあろうし、あえて隠されたもの、誇張されたり、アレンジされたものもあるだろう。だが、素材の持ち味が強烈であれば、そのすべてを消し去って料理をする事は不可能なのだ。どんな名シェフであろうとも。


「彼はこうだった」「彼はああだった」と決め付ける人々。少なくとも、トルーマン自身よりも世界に名を知られた人はほとんどいない。海の中を泳ぐ魚を陸の上から見ただけで、どんな思いで魚が泳いでいたかなど、理解出来るのだろうか。


或る時代が存在し、空気がそこにあり、それを呼吸した人々がいた。


トルーマンと通して、我々は時代劇の観客となるのだ。爛熟と退廃と腐敗と堕落の中で、品格も伝統も誇りも変質していった時代の。そして今も、世界は腐り続けているという現実の時間が、自分の傍らを流れている事を感じながら。





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2008年2月19日 (火)

ドリームガール

スペンサーシリーズの34作目である。訳者が代わってから、会話に硬さがどこかに感じられるが、それでもスペンサーやホークといった、お馴染みの面々に再会出来るのはうれしい。


そう・・・再会。


今回のヒロインとなるエイプリル・カイルは、過去に「儀式」「海馬を馴らす」にも登場した。売春をしていた少女は、あれから歳月を経て、自分で売春宿を経営する女になっていた。こういう、後日談的な物語も、長いシリーズならではである。ホークやスーザンだけでなく、警察もゴロツキも裏社会の住人も、スペンサーの幅広い知り合いが、事件に関わってくる。


スペンサーが生きている様に、彼等にも人生があり、誰もがハッピーエンドではなく、誰もが善人になったのではない。そして、スペンサーは自分が神ではないと知っている。それでも、出来る事をしようと奔走するのである。


結末は、悲劇かもしれない。


だが、そこには「お可愛そう」的な、意味不明の同情はなく、普通に生きていく事が、ある種の人間には難しいという、事実が描かれている。それを噛み締め、真正面から受け止めてもタフでいられる男が、そこにいた。


少なくとも、そこに二人。




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2008年2月14日 (木)

有栖川の朝

久世光彦らしい題材だと思う。


有栖川宮の名前をかたった詐欺師の事件に、大層興味を持ったらしい随筆を読んだ。その後に出た小説がこれだった。すぐにばれてしまうだろうと、子供でも分かりそうな計画を、奇妙な情熱をかけて作り上げた犯人達。もちろん、この作品の中の犯人達は実在の人物ではない。


人間の品位や格というものは、この世界から消えつつある気がする。TVを見ても、気品など欠片もない女優が姫君を演じ、誰もそれを不思議に思わないらしい。金のある事=気品がある事ではない。それは昔から周知の事実ではあったが、その事実すら無意味になる世界が、現実になりそうなのが、今である。


久世光彦のドラマの世界は、いつも少し昔で、失われつつあるその世代の情緒や人情を、確かな手ごたえで感じさせてくれたものだった。今時の上っ面だけを真似た似非昭和趣味とは、まったく異なるのである。


この小説を味わうには、昭和を模した安っぽいアミューズメントは忘れた方がいい。




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2008年2月 4日 (月)

BLEACH(32)

一護とグリムジョーの戦い。


今回の表紙も24巻に引き続いてグリムジョーである。他にもまだ表紙を飾っていないキャラもいるのというのに、この破格の扱いは、さすがに人気投票で4位だっただけの事はあるという事か。


しかし「王になる」とグリムジョーが吼えると、非常に彼が小さくみえるのは、彼が藍染の飼い犬に過ぎないと、今までの物語から感じてしまうからだろう。「天に立つ」つもりの人から見れば、おもちゃに過ぎない十刃。


織姫がここで最後のウザったさを披露する。「帰れない」という決意はどこへ行ったのだ?わざとらしく元気なふりをしてみせたり。ネルの方がずっと一護を思う純粋さを出しており、ヒロインとしての順位なら、こちらの方が上位に付けている。それも今後発表されるであろう人気投票で明らかになりそうだ。


ちなみに、ルキアの人気は相変わらず高い。





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シャネル 人生を語る

「有名人の話した事」をネタにした本の場合、気をつけねばならぬのは、書いた人が本人にとってどの位置にいたかという事である。良く週刊誌で「親しい友人の話」などと載っているが、本当に親しいのであるなら、本人の恥になる様な事を、ペラペラしゃべるはずはないからである。

親しい(自称)でない場合、当人の不利になる内容、イメージに傷をつけるエピソードは避けるだろう。「嗚呼、あの人らしいな」と読者が思うものに限定すると思う。それは往々にしてつまらない。


だからこそ、えげつないゴシップ記事やワイドショーは、すたれる事がないのだ。


ここで「シャネルが語った事」とされている文章も「イメージとしてのシャネル」から一歩も外に出ていない。新鮮味もなにもない。自分の生き方を否定されようものなら、あの細い眉を吊り上げて怒りそうなプライドの高い女性。先祖から当たり前の様に受け継いだ高貴や財産ではなく、自分の腕と身体で何もかも得て、のし上がって来た女性が、誇り高くこちらを睨んでいる。


自分はお金に汚くない、幾ら儲けたか知らないとうそぶくのは、こういう女性が自分で謙遜と思っている故の言葉であろう。もし本当にそんな事に興味がないなら「誰それにお金を出してあげた」などとも、同様の慎みをもってして語る事をしないはずであるから。


したたかでなくては生き残れない世界で君臨した女性の強さ。
それが充分に伝わる内容である。





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